気になるドラマ

真田丸・真田昌幸と真田信繁=幸村。真田信之。2つの策略と3人の主役

大河ドラマ「真田丸」を観ていますか?

人生における決断と策略。そして、生き残り術がすごい。


大河ドラマ「真田丸」いよいよ佳境です。でも真田丸ってなにって思いませんか?真田丸は、未だ出て来ません。真田丸っていったいなんなのでしょう。ちょっと調べてみました。

堺雅人さんが演じる、主人公の真田信繁は、これまでの大河の主人公とは違う、生き残りゲームの主人公です。生き残るとは「自分」がではありません。ゲームと言うほど軽くもありません。真田家の一族郎党の生き残りを、賭けた非情な勝負なのです。

現代でも、人生には、選択の時は、つきものですよね。右か?左か?誰しも自分の人生の進む道を選択しながら生きています。それは、自分の人生そのものです。

しかし、戦国時代では、それだけでは済まされないのです。一族の生き残りが、かかっているのです。何かあれば一家全員の首が飛んでしまうのです。

戦国の世を渡るとは、現代人には理解しがたい非情なものなのです。偉い人のご機嫌ひとつで、首が飛ぶなんてことは、現代ではありえません。主人公真田信繁は、父と兄とで、如何なる選択をするのでしょう。

真田信繁は、真田幸村の名前でも有名です。しかし、本来は「信繁」が正しいようです。幸村を名乗るのは、ドラマでは大坂の戦いからです。

そして、真田家の中心人物の3人が、それぞれ違う道を選ぶ作戦とは、親子が敵対する勢力に分れて戦うというものです。

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天下統一を夢見る武将たち

織田信長の死後。羽柴秀吉は、その後継の地位を得ます。大坂城の築城、関白、太政大臣へと駆け上ります。何度もドラマ化されて、日本人に好かれる右肩上がりの人生のサクセスストーリーの主人公です。

そして、朝廷から豊臣姓を賜り、豊臣秀吉となるのです。日本中の大名を臣従させ、天下統一を果たします。

常に、大河ドラマの中心的な人物の秀吉。その出世街道は、観るものを引きつける魅力があります。

そして、サクセスストーリーがたっぷり。失敗のない人生?否、それは、大きな間違えです。意外と失敗かもしれませんよ。秀吉の寿命があと10年長かったら、日本史は変わっていたかもしれません。しかし、神は秀吉を見放すのです。62歳で没します。

一旦、平定されたと思われた時代は、再び戦国の世へと突き進んで行きます。ここも見どころです。もし、茶々が、秀頼を産んでいなければ、豊臣家は、そのまま天下を維持していたかもしれません。

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幼少の秀頼を残し秀吉が亡くなる

織田信長の草履とりから始まった秀吉の人生は、朝廷から、太政大臣を賜るまでに上り詰めた人生です。しかし、亡骸は壷に入れられ塩漬けにされて、保存される有様なのです。

死を隠蔽されていたのです。しかし、太閤の死は、知らぬ間に広がり、周知の事実となります。内部に漏らす家臣が居てもおかしくないですよね。何となく因果応報な感じもします。

人生の半ばまでは、本当にサクセスストーリーを観るようです。なのに後半は、昇ることにしか興味のない老人に成り下がります。残虐な我が侭爺さんって、多くの家臣が思っていたはずです。朝鮮出兵など、悪名が高いです。

秀吉は、死ぬ前から疎まれていたに違いありません。現に、淀君(茶々)も晩年の秀吉を避けていたと、どの物語でも語られます。もとは、と言えば、家臣であった秀吉の実質的な妾状態なのです。

同じ女性の立場として、考えれば権力者の囲われものになろうとも、天下を取り戻すために躍起になっていたと思われます。女を武器に息子を盾に戦った女武将です。しかし、秀吉の死が早かったために家康の術中にはまるのです。

天下取りに関係のない、本妻のお寧だけが秀吉の死に心を砕きます。実際、秀吉が死んだ後は、剃髪して仏門に入ります。しかし、徳川家康の天下を望んでいたふしがあります。

近くで、それを目の当たりにする真田信繁

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豊臣秀吉の死後、徳川家康が、策略を巡らす中で、小さな真田家が、生き残る道は、あるのでしょうか。既に豊臣家からも、徳川家からも睨まれているのです。

主人公の真田信繁は、秀吉が存命中から豊臣家の人質です。石田三成などの豊臣家の重鎮と行動を共にします。秀吉の死後、徳川家康の動きと、豊臣方の動きが切迫します。ここで、真田一族は、行く末の選択を迫られるのです。

徳川につくか、豊臣につくか?

真田家には、父、真田昌幸、兄の真田信之。そして、信繁がいます。真田家の父と二人の息子が、膝を交えて決断します。

絶対の生き残りを掛ける非情で厳しい選択です。それは、現在の栃木県の犬伏にある新町薬師堂で行われました。お堂に籠もり、行く道を選ぶのです。

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これまで、徳川からも、豊臣からも地方の国衆扱いされ、大名の地位を得ても、下に見られてばかりの真田家には、既に天下取りからは、外れた存在になっていました。

父、真田昌幸は、本気で天下を取りに行きたかったようです。でも、それは、老いた父の夢物語になっていました。

父と二人の息子たちが、選択した策略とは?

右でも、左でもなかった。父の真田昌幸は、迷い天下取りの夢を捨て切れない状況下で、下した選択は、親子が分かれて違う道を進むと言うものでした。

おかれた地位を冷静に考えれば、強いものに従うしか無い状況なのです。家族が二手に分れて戦に出るしか道がなかったのです。

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通常なら、徳川?豊臣?って思いますよね。でも、決断された道は、親子が別々の道を進むことでした。この発想は凄いと思います。厳しすぎると思いませんか。

既に、この戦は、徳川か、三成(豊臣)かと言う、ふたつの勢力の争いなのです。そこに他のものが、覇者になる道などないのです。

覇者は、東軍の徳川勢。もしくは、西軍の三成率いる豊臣勢となっていたのです。父と息子は、誰が勝っても、負けても、必ず勝った者が、負けた者を救い出すと誓いあいます。

家族で役割を分担して、お互いを救い出す戦法です。勝利者の中に家族がいれば、助命嘆願が叶います。父と次男信繁は、三成の率いる豊臣方へ。兄、信之は徳川方へと忠誠を誓います

今は、ドラマで観ていますが、これが歴史の事実なら本当に辛いことだと感じます。親兄弟が、敵と味方に別れて闘うのです。

この関ヶ原の戦いで、三成率いる西軍は、徳川家康の率いる東軍に敗北します。兄が加勢した家康が勝ったのです。

西軍として兵を挙げた石田三成は、豊臣の世を揺るがす逆賊として、斬首の刑に処せられます。

そして、同じく西軍の真田家の父、昌幸は、信繁と共に蟄居の身になります。約束通り、長男の信之が、助命嘆願を願い出たのです。家康は、昌幸が二度と戦場に出られないように全てを奪います。高野山の麓、九度山に押し込めたのです。特に家康は、戦での敗北経験から、真田昌幸を毛嫌いしていました。

多くの武将の中で、真田昌幸だけが、家康に二度も勝っているのです。手強い昌幸の策略は、家康を越えていたと思われます。

家康ほどの武将でも、負けた記憶はトラウマになるのかもしれません。誰しもが勝たない限り命がないのです。必死とは、まさにこのことです。

結果的には、真田家は、策略通りに生き残りに成功するのです。徳川家に付いた長男、信之が本来の「信幸」の幸の一文字を家康に奪われても、真田一族は、信州に戻り大名として生き残ります。

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さまざまな知恵を使う真田一族なのです。長男が、信三郎。次男が、信二郎って凄いですよね。名前では、跡取りがわかりません。そこまでやるかって感じです。

それにしても、毎回、歴史の立役者が、いろいろ出て来ます。大河ドラマの主人公が、生を受けて亡くなるまでが多いです。

今回も、同じような終わり方なのでしょうか?

茶々は、信繁に同じ日に死ぬと予言?

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豊臣秀吉が、贅を尽くし難攻不落の城として建てた大坂城は、現在の大坂城ではありません。現在のものは、徳川家が、秀吉の大坂城の上に建てたものです。

慶長19年(1614年)の大坂冬の陣は、徳川勢の勝利で終わります。その後の、大坂城の夏の陣・慶長20年(1615年)で、大坂城は炎上するのです。そこには、信繁がいました。真田信繁は、豊臣家に加勢し討ち死にします徳川家康は、豊臣家を滅亡へと追いやるのです。

ここまで来るまでには、さまざまな駆け引きや、戦、出来事がありました。ここでは、簡単に書いています。ここまで来るとやっぱり徳川家康の方が、豊臣を揺るがす逆賊だったと言うことでしょう。

石田三成は、情けないですよね。逆賊に逆賊扱い?しかし、徳川家も最後は、明治維新で逆賊扱いされてしまう訳です。勝ってなんぼの世界なのでしょう。

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真田丸の主人公、真田信繁は大坂城で討ち死に

しかし、兄、信之は、徳川方で勝者となるのです。こうして、真田一族は、徳川の世でも生き残ることになります。真田信之は、上田藩を立藩します。

江戸幕府からは、大坂の役の活躍により譜代格の大名の扱いを受け幕末まで藩が続いて行きます。

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また、唯一、信繁の末子も仙台真田藩の藩主になります。こうして、明治以降には、華族令により子爵に叙せられています。現在も、その子孫にあたる人々が、真田姓を名乗り暮らしています。

一族を守り抜く策略はどこから来るのか

日本の武士道など、侍文化は、死して尚的な部分があります。しかし、一族を存続させるために、その家長が策略とは言え敵と味方に分かれる。平和ボケの私には、発想が出来ません。

過去の武将たちもそう言った場合、城を枕にとか言って自決してしまう話しは多いです。なぜ、真田家は生き残り、家を守ることに執着したのでしょう。

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この感覚は、生への執着と一族の団結を感じます。元々は、長野の小さな一族が、戦国時代から、現在に至るまで脈々と系譜を繋げて来たと言う事実に驚かされます。

普通、自分の三代前は、いったい誰か?なんてわからないです。

両親の両親くらいで終わりです。祖父母が、どんな家の出身だったかも定かではありません。

友人に真田家の人がいます。やはり真田一族の誇りを持っていると感じます。自分の名前や、一族がどうやって生きて来たのか、なかなか知ることは出来ませんよね。今時、家系図がある家も珍しいと思います。

大河ドラマも終盤楽しみです

毎年欠かさず、大河ドラマを見ています。

今年は「真田丸」と聞いていったいどんな人?そう思いました。真田丸ってなに状態で始まりました。真田一族と言えば、忍者や信州上田など非常に有名です。しかし、真田丸とはいったいなにか。

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 ↑ 上の写真。これが真田丸。私はもう、勉強しています。

それは、これから出て来る大坂の陣でわかるはずです。この大河ドラマ「真田丸」で、ひとつ気づいたことがあります。人生、負けるが勝ち?負けても信念を貫く。負けて勝つ?勇気がいります。

背に腹は代えられない?執念です。死んでも勝つ?死にたくないけど。人生、執念無くしては、生きていけません。

ドラマで、気が付くなと、怒られそうですが、なるほど。って、そう、思えました。あなたはどう感じますか。常に策略を巡らして、生き残る術を身につける考え方は、今の社会でも非常に大事なことだと感じました。「真田丸」の最後が楽しみです。

長文をお読みくださいまして、ありがとうございます。

自分は、いったいどこから来たのか?

なんだか、自分のルーツが気になります。あなたは? ♡香


「とと姉ちゃん」のモデル大橋鎮子。11歳で喪主?93歳没生涯独身

「暮しの手帖」有名な編集者で女性社長。

小学生で家長となり、生涯独身。なぞが多いドラマ。


NHKのドラマ「とと姉ちゃん」人気がありました。その主人公のモデル、大橋鎮子さんの93年間の人生とは、大橋鎮子さんの人生は、いったいどのようなものだったのでしょう。大橋鎮子さんの生涯は、非常に厳しい時代を自分の足で乗越えたものです。

そして、ドラマでは、語られていない不思議な部分が多いのです。ドラマは、かなりの脚色をされています。

女性が社会に出て働くことが厳しい時代に自ら起業し、苦難の果てに成功をする大橋鎮子さんは、女性の時代を築いた最先端の女性です。

女性の社長。生涯独身など、今では珍しくないですよね。しかし、戦後の混乱期に大橋鎮子さんは、出版分野で起業します。三人姉妹で、手探りで雑誌をつくるのです。

このあたりは、NHKのドラマを観て理解出来ます。しかし、現実では、大橋鎮子さんが、小学生の11歳で、喪主で家長になるのです。

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現代なら、お母さんは?って感じです。これは、近代日本に於ける、家長制度が関係?しているように感じます。過去の日本における家長制度をご存知でしょうか?

何となく、引っかかる部分があります。あなたは、違和感を感じませんでしたか?ドラマでは、細かく語られていない部分が気になります。

家長制度が主流の時代背景を意図的に伏せた気配がします。要は、直系の嫡子が家を継ぐ。本来なら長兄が後を継ぐのです。父は亡くなる間際に、大橋鎮子さんに家長を継がせた感じがします。

夫が亡くなった場合、妻は、家長にはなれないと言う問題があったからです。女性に地位がない時代なのです。ドラマでは、父との約束で、とと姉ちゃんが誕生します。

しかし、現代の感覚では非常に不自然ですよね。11歳の小学生の長女が、喪主で家長父の最後の言葉で、鎮子の人生が決まります。

本当の理由は、家長制度にまつわる問題かと思います。敢て、ふれていないのでしょうか?ドラマには出て来ない部分を探ってみました。そして、ドラマは、静岡からはじまります。これは、単にテレビ局の都合なのでしょうか?

実際は、生まれは東京。育ちは北海道

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生まれて間もなく、父の仕事の関係で、北海道を転々とします。因にドラマでは、母の実家が東京の木場とされています。しかし、現実には、東京の木場は、父親の養子先の家だったのです。

父もまた複雑な家庭環境だったのでしょうか、木場の材木商の養子だったのです。しかし、鎮子が小学生の時に他界してしまいます。ドラマで語られるように東京の木場に縁があることは明らかです。

現実では、父は結核を患い療養の末、東京で亡くなります。母と、幼い三姉妹が残されます。戦前に家に男性が居ないと言うのはどれだけ、心細く大変であっただろうと推察できます。そして、太平洋戦争が始まるのです。

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大橋鎮子の人生 = 家長の目標は3つ

①「妹二人を嫁に出す」

②「家を建てる」

③「家族を守る」

生涯を通し、父との約束を果たすのです。ドラマの筋書きは、この三つの約束を軸に進んでいきます。ドラマの主人公の「小橋常子」を演じるのは、高畑充希です。私は、このドラマを観るまでほとんど知らない女優さんでした。

まだ、若いので、中年期の設定でも、若く元気なイメージでした。老け役もしっかりこなし、最後は、仕事場でのシーンで終わります。何となく素敵な未来を感じさせる終わり方でした。

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戦争中は、農家に食料を買い出しに行くシーンもありました。戦争中の厳しい環境は、ドラマでも時間を割いて語られます。そして、戦後の混乱期を経て、雑誌づくりは始まるのです。

出演者の服装が、時代を感じさせるおしゃれな雰囲気のドラマでした。戦争中と戦後の厳しい経済環境から抜け出すと、一変裕福な三姉妹を感じます。人生の半ばで成功を手に入れた感じがします。

雑誌をつくり、情報を発信

今とは、かなり違う情報媒体の使われ方ですよね。世の中にある、新製品を商品試験と称し、実用実験していくのです。今のようにネットでの口コミがない時代です。かなりパワーが必要な作業です大橋鎮子さんを突き動かす原動力は、読む人の生活の向上だった。

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そして、時代とは言え、さまざまな粗悪品が露呈します。批判 = 廃絶ではなく、心ある開発者は、技術の研鑽をします。日本の製品が、世界に認められる根幹を担っていたように感じます。

製品の安全性や、不具合、性能などを公表する義務が希薄な時代に一石を投じた雑誌づくりだったのです。

今では当たり前です。しかし、その当たり前を覆すのは、容易なことではありません。

この国の発展に多大な功績を残した女性

戦争で破壊された庶民の暮らしの改善と復活がテーマで、生活を豊かにが、スローガンになる。長い間続いた大平洋戦争で何もかも失った時代の物語です。

日本の敗戦によって、時代は大きく変わることになるのです。お金、食料、衣服、住居など。さまざまなものがない。衣食住が、なければ、人は暮らせません。しかし、収入の確保もままならない時代背景が、ひしひしと伝わってきます。

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戦時中のさまざまな問題は、直ぐには解決出来ず苦労が続くのです。マインドコントロールされていた国民の心の問題にのふれます。戦時中のメディア(媒体)コントロールや情報の隠蔽などです。言いたいことも言っては、いけない時代があったのです。

戦争中は、かなり苦労があったと、私も母に聞いています。戦後の混乱から若者を助けようと海外から宣教師も来日しています。

私の父が、敗戦を経験したのは、10歳の時です。教会の日曜学校に行っていた話しをしてくれました。

敗戦した乱れた状態の中、キリスト教会の活動も聞いています。若者に聖書を渡し布教と居場所を提供してくれたようです。

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鎮子と共に雑誌の編纂をする花森安治

花森安治は、戦争中に戦意高揚の広告をつくり広めた人物です。ご存知の方も多いと思います。「進め一億、火の玉だ~!」とか、これを考えた人物です。

聞いたことありますよね。結講、今でも生きています。今なら有名コピーライターと言ったところでしょう。国策とは言え、戦後、それを悔やんでペンを置いてしまうのです。

誰もが、敗戦クライシスを感じ、苦しんでいた時代なのです。でも、鎮子と再会し、新たなる豊かな暮らしのために奮起します。

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再びペンを持ち、新しい雑誌の編集長になるのです。今で言うところのアートディレクター的な存在です。そして、記事を書くライターで、編集者でもあります。

イラストを描くイラストレーターでもありました。一人で何でも出来そう?出来る人物だと、推察できます。

日本の敗戦はなにをもたらしたのか?

戦争に負けたことで、日本はアメリカに占領されました。そして、今の憲法は、マッカーサーがつくったものと言われています。日本は新しい時代を迎えますが、当初は非常に混沌としていたと感じます。人々は、迷い苦しむ生活が続きます。

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本来なら、天皇制を廃止されても仕方ない状況下でした。日本列島を、戦勝国がバラバラに植民地に出来たと言う話しも聞いたことがあります。そんなこと、ご存知でしょうか?

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ヘタをしたら、日本人は、居なくなっていたかも知れません。しかし、そうしなかったアメリカです。新しい憲法を制定しました。勿論アメリカの考えを織り込んだものです。

憲法で、日本が、二度と戦争を出来ない国にしたのです。そして、天皇への忠誠心の強い国民感情を維持する為に天皇制を残します。

それを決めたのはマッカーサーなのです。所謂。憲法9条です。のちに、アメリカは、そのことで悩むことになるのです。日本の高度成長は、憲法9条のお陰とも考えられます。戦争の為に、時間やお金を割かずに済みます。

国際的な脅威からアメリカが守ってくれます。闘わないで経済や商売、研究だけに専念出来るのです。日本は国の繁栄だけに専念する時代がやって来るのです。

新しい憲法で日本は豊かになる

マッカーサーは、アメリカでは、実現出来なかったこと、戦争のない資本主義をつくりたかったのかもしれません。心の弱った日本人のために天皇制を維持しました象徴天皇の誕生です。

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国民感情を乱すことなく、軍隊の解体に成功しましたのです。しかし、軍備に関わらないと言うことは、徴兵制もないことになるのです。また、膨大な軍事資金が不要になります。勤勉な日本人基質も重なり日本は経済大国に伸し上がります。

その後、独自の民主主義の中で経済発展が進む

どんどん日本の生活は、安全で豊かになりました。今の状況を、大橋鎮子さんの視点で見るとどう映るでしょう。便利にはなりましたが、それだけなのでしょうか。

スマホで、簡単に情報発信疑うことも迷うこともなく、本物を見ずに購入出来るシステムが出来上がりました。ほぼすべての商品の安全性が確認されている製品が溢れています。日本製であることがブランドとなったのです。

その反面、スマホでのやり取りで、子供が子供を殺す。こんな時代を「商品検査」して欲しいと思います。

鎮子が、人生を掛けて守り育てたもの

それは「暮らしの手帖」と言えるでしょう。家族以上に、この雑誌を愛しつくりあげたように感じます。それは、紙面の情報だけでなく、読者の生活の質にも反映するのです。そんな内容の詰まった雑誌だからだと思います。

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ドラマの中では、常子は、一人の男性を思い続けるのです。実際は、生涯独身だったので、ドラマでも結婚はしない?そんな風に思います。

何かを夢中につくり育てて行くことは、夢中な時間です。それは、あっという間に過ぎると思います。誰にでも味わえる実感ではないと思います。新たな情報を編纂するとは、未来を想像することなのです。

私も、近い仕事を長年して来ました。彼女の時間の経過の早さは、察することができます。

姉妹がいるから頑張って来られた?

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ドラマを見ていると、そんな感じがします。妹二人が、結婚をしていきます。

過去に、長女の常子は、初恋の相手に求婚されながら断るのです。時間が経ち、妹たちが嫁ぎ、常子だけは独身のままでした。姉妹とは、同じ境遇に生まれ、ほぼ同じ教育を受けます。

しかし、大人になって同じかと言うと、それはほとんどないのです。一人ひとりの女性の生き方は、さまざまな状況にあるからです。結婚相手ひとつで、人生が変わってしまうからです。

姉妹や母のために会社を経営した女性です。結婚は、しなかったけれど素晴らしく充実した時間を懸命に生きたと思います。他にない人生を、生きた素敵な女性だと感じます。

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常に時代の先端を行く女性

大橋鎮子さんは、長寿で93歳に亡くなりました。女性の幸せは、ひとつではないと証明するような生き方です。考え方が、多様化した今の時代でも通用する人生です。

人々の暮らしを思うことで、自らもしあわせになったのです。時代の先駆けとなった女性と言えるでしょう。如何でしょう人生の選択肢は、さまざまあります。

それがあっているか間違っているかは、その場に立ち、いかに闘うかで結果が出ると思いませんか?大切なのは、選択以上に実行する力だと感じます。

皆様の素晴らしい未来をお祈りいたします。

長文をお読みいただきましてありがとうございます。 ♡香


「あさが来た」主役は1849年生まれお金を稼ぐ女性起業家第1号

お金は信用と時代を駆け抜けた女性起業家

広岡浅子の人生に見る、お金の稼ぎ方と使い方。


NHK朝ドラ「あさが来た」のモデルとなった広岡浅子と言う人物をご存じでしょうか。江戸から明治へと時代が変わる中、女性の生き様を描いたドラマです。

この「あさが来た」と言うドラマの主演は、女優の波留さんです。着物と時代劇の設えから、ドレスを身にまとう明治の女性を演じました。

印象的なのは、開国したばかりの日本の混乱の時代に於いて活躍する女性の姿です。主人公の「あさ」以外にもさまざまな場所で女性が動き出す明治時代背景を見ることが出来るドラマでした。注目すべき点は主人公のお嬢様ぶりです。

そろばんが大好きでなに不自由なく育った大商人の娘という設定です。時代劇から始まり、女性の地位が変化する中で、自由な発想と聡明さが光る女性を描いています。

また、朝ドラ史上今世紀最高の平均視聴率を獲得した物語でもあります。時代の変化に戸惑う大阪商人の世界観が非常に面白くもあり見るものを引き込みます。

モデルは、女性起業家の先駆け広岡浅子さんです。ドラマの内容は、実際とは違うフィクションではありますが、大筋は同じです。あなたは、ご覧になっていましたか。

ドラマを見るだけで、お金の大切さやお金を稼ぐことの難しさを学ぶことが出来ます。大店に嫁ぎ本来ならお金の心配をしてはいけない立場でしたが、時代の流れと持ち前のバイタリティが一人の女声起業家を生み出します。

明治維新を経て、新時代に「お金は信用」と活躍

ドラマでは、ありますが「お金は信用」と言う言葉が印象に残りました。そして、時には細かく時には大胆にお金を使うのです。人生に於いてのお金とはと言う最大の魔物を旨く操る女性なのです。

お金の流れや世の中の動きを見抜くチカラに長けた女性と言うことは間違えのないことです。現代でも通じるお金への考え方が参考になります。

浅子は、江戸時代から続く豪商・三井家(のちの三井財閥)の娘として、江戸時代末期の1849年京都に生まれます。

それまでのしきたりで女子に、学問は不要とする習わしに疑問をもちつつ17歳で、大阪の豪商である両替商の加島屋に嫁ぎます。

何となく婚姻も商売道具的な感じが伺えます。思えば、戦国時代以前から、女性は戦や国同士の要になるべく知らない場所に嫁いで行くのです。

豪商が豪商と縁続きになり、商売を安定させる道具としての婚姻です。相手の顔も知らないまま結婚すると言うことが普通に行われていました。今では考えられないですよね。

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自ら学ぶ新しい考えの持ち主。女性であることで奮起

浅子は、独学で算術、簿記を学び、自ら進んで家業に参加しようとします。なぜ、女性が学んではいけないのか?とドラマの中でも、問い続けます。

家業に参加し、商売を学びたい、役に立ちたいと考える浅子の姿は、明治の男性社会に於いて奇異な目で見られることも多かったようです。

嫁ぎ先で徐々に商才を発揮します。もちろん、やすやすと仕事をさせてもらえた訳ではありません。

商売とは、女の出る幕ではない。と言うのが当時の考えです。そして、とうの旦那さんは、大店のしきたりで、仕事をしないのです。

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今時では、良くわかりませんよね。それでも、なんとなく、嫁ぎ先の家風が女性の力を信じているおおらかな雰囲気を感じます。

江戸時代が終わり、明治時代へと時代が大きく変わる渦中をいきいきと商売を身につけて家業を大きく発展に繋げて行きます。時に時代の波に揉まれながら女性の柔軟な発想で乗り切ります。

お金の価値も変わり、ある日突然、銀手形が使えなくなるなどし、次々と同業者が倒産する中で、懸命に働く浅子の姿はドラマでも再現され、なんとなくお金持ちの発想を感じました。

時代の大きな渦が古いしきたりを巻き込んでいく

同業者が、手形の換金を停止する中、資産を投げ打って換金に応じたようです。ここでも、「お金は信用」と奮起します。

今、お金を両替しないことは、信用に関わると判断したのです。

昔の両替商とは、今の銀行のような商売ですが、武家社会において武家の身分や家柄自体が信用となり無担保でお金を貸しだすのです。まさにザルに水の状態です。

何とも今では、想像がつかない世界ですが消えかけた武家社会のツケを払わなければならないのです。

ただ、武士であるというだけで、貸して「くだされ」状態なのです。返してもらえなくても文句がいえません。身分が違うのでおいそれとは返せ!と言えないのです。

その武家社会が、崩壊するのですから、目も当てられない状況に陥ります。取り立てるべく相手がいなくなるのです。貸したお金もほぼ戻りません。

お金がなく、借金で炭鉱を買い大きな賭けに出る

浅子は、苦労の末、借金をして九州の炭鉱を手に入れます。これが、女性実業家としての起業の第一歩となります。

大阪から歩いて何度も、九州の炭鉱へ通い詰め、自らも炭坑夫に混じり採掘するなど、ものすごいパワーの持ち主でした。

しかし、社会の仕組みや、考え方が変化する中にあっても、女性が、社会参加し、働くと言うことは認められていなかった時代です。危険な目にも遭いながら、お金を稼ぐことに奮闘します。

さまざまな批判や風評を受けながらも朝子は、大きく活躍することになるのです。

挫折しながらも乗越え、成功する女性が妬ましい?

女性が男性と一緒に働くことで文句を言われる社会のあり方なのです。現代との大きなギャップを感じます。

そして、昔の取引先で、倒産した店主に金を貸せと詰め寄られ、断ると、包丁で刺されてしまいます。これはフィクションだったのでしょうか。

ドラマの中では、九死に一生を得ます。でも、ドラマの中にも出てきますが「女だてらに商売に励む男のような嫁。ヒゲが生えている嫁」と言う台詞で揶揄されます。

女性は、一歩下がって男性を立てる。正に良妻賢母教育が正当化されていた時代なのです。

根底は、あまり変化していないのでしょうか?

私自身も、長い間企業内で働いてきました。実感として思い当たることが多くあります。高校も女子校で、黒板の上に、良妻賢母になるための訓示が掲げられていました。(そんなに大昔?ではありません念のため)

今の社会でも残る男女の格差、セクハラや、マタハラなどの問題と、つながっているのかも知れないと感じます。

しかし、浅子は、今より厳しい時代に、まったくそんなことは、お構いなしに事業の拡大や、新規事業の起業に成功していきます。

世の中の有り様ではなく、本人の努力に、結果がついて来るのかもしれません。見習うべきことだと感じます。

要は、その人の考え方で、男女の区別は簡単に乗り越えられる壁なのかもしれません。

さまざまな困難に遭いながらも「お金は信用」と言う、先代からの言葉に従い働く浅子には、次々と多くの事業を、起業する機会が訪れます。

念願の銀行の設立に漕ぎ着ける

家業の両替商から銀行を起こし、生命保険会社も設立します。夫も紡績業の起業に参加し、名実共に一家をあげて大起業家へと成長して行くのです。

ドラマでは、かなりトントン拍子でお話しが展開して、あっという間に終わりました。

しかし、実際の浅子は、非常に苦労をして働き、家族を守っていたと感じます。

現実の世界とドラマの違いは?

ドラマでは、夫役を玉木宏さんが演じています。相思相愛で、娘は一粒種の愛娘がひとり生まれます。

最終回は、亡くなった夫とあさが、草原の中で再会して終わると言う展開になってハッピーエンドを感じさせます。

しかし、現実では、浅子の産んだ娘の他に、夫と妾の間に三女一男がいます。

昔のことなので、正妻の他に妾に子供を産ませるお金もちの男性は多かったと思います。

また、浅子は実際、非常にお産が重く一人しか産めなかったのかもしれません。お金持ちの家は、資産を受け継がせる血縁者を確実に産み育てて行かなければならない縛りのようなものがあったのかもしれません。

使用人も多くしっかりと後継ぎを作って、会社の運営を引き継いでいくのは非常に大切なことだったと思われます。

家族は、多いに越したことはない?

浅子自身も、三井家の当主の娘ではありますが、母親は不明です。ふたつ違いの姉もいましたが、腹違いなのです。

江戸時代の末期に大店の当主が、外に子供を作り養子にして引き取り養育する話しは、よくあることだと感じます。

ドラマの設定では、実の両親と姉と弟の3人兄妹の家族構成です。とても、現代的に構成されています。外に女性を囲っているなど微塵もない。朝ドラですからそうなのでしょう。

別腹や妾となると、爽やかな朝ドラのイメージに合わなですし、現代的には、あまり馴染まない風習ですよね。

そして、いよいよ女子大学の設立に参加

日本においての初の女子大学校、日本女子大学の設立に大きく貢献します。ドラマにも出てきますが、三井家所有の東京の土地を寄付として譲り受け大学の校舎を建てています。

自らが、禁じられた学問を多くの女性に学んで欲しいと願っていたと同時に女性にも教育の場をと言う、信念をもった女性なのです。

この大学を設立したのちには、日本におけるキリスト教化に励み、日本YWCA中央委員、大阪YWCA創立委員長を務めました。

女子教育の分野では、女子大学の設立後も、御殿場にある別荘にて、若い女性のための勉強会を主宰します。亡くなるまでの3年ほどです。

多くの有能な女性が、育っていきました

その勉強会には、のちに婦人運動家で、政治家の市川房枝や「花子とアン」の主人公の児童文学者で、翻訳家の村岡花子もいました。

大学設立に関しては、大河ドラマの「八重の桜」の綾瀬はるか演じる八重の夫である、新島襄とも交流がありドラマの中で名前が出てきます。

何となく、同じ時代を数年違いで描いているうちに繋がりが出来て来ているように感じます。

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NHKドラマは、戦国時代と、明治維新が非常に視聴者に受けるのかも知れませんね。

ここ数年は、戦国時代と明治維新を行ったり来たり

朝ドラでは、「ごちそうさん」、「花子とアン」、「マッサン」など戦時中のシーンがあるドラマが多くあります。

「あさが来た」も最後は、戦争が起る不安が、題材に取り上げられていました。戦争が始まる気配が濃厚になり、世間では、保険事業が活気づきます。しかし、主人公あさは、その流れに逆行して、自社の保険事業の縮小を決断します。

それは、既に長い期間保険に契約し、保険料を支払っている顧客を守るためだと断言します。ここでも「お金は信用」と言う理念を貫き通します。

お金は信用と貫き通し、大事業を成し遂げた浅子

毎日楽しみに観ていたドラマでしたが、テンポの速さが凄くて、15分が30分くらいに感じる日もありました。

充実した内容だった気がします。

ドラマの中の時間の流れが早く、沢山のお葬式のシーンがありました。また亡くなった。と独り感じていました。

インターネットでは、朝ドラ「魔の金曜日」と噂されていました。毎週、金曜日に出演者が、亡くなるシーンがあるかららしいです。

皆さんはどのように感じられましたでしょうか。広岡浅子の人生とドラマをあわせて考えてみました。日本の近代にこんな凄い女性がいたこと自体がびっくりポン!です。

お金も仕事も信頼で得るものと改めて感じました

この浅子の生き方の中に、お金に対する考え方、商売の仕方の秘密が隠されているように感じます。

朝ドラ史上最高の視聴率だけでなく、主人公が、朝ドラ史上最高のお嬢様と言う部分も忘れてはいけません。

なぁ〜んだ。資本金があるんじゃない?って思っていると大間違いです。沢山のお金を動かすことは、それなりのリスクがついて回ります。失敗すれば、何もかもどころか奉公人の人生までもが狂ってしまいます。

嫁ぎ先は、明治維新の前は、倉にお金がほとんどありませんでした。その中で、はったりをきかせたり柔軟で新しい女性ならではの提案をしたり朝子は奮闘します。

女性の柔軟な発想で、時代を乗越え起業に成功

広岡浅子の人生は、実に魅力的です。緻密でもあり大胆でもあるのです。そして大胆なお金の使い方で利益を生む女性なのです。

そう感じるのは、私だけでしょうか?また、お金持ちの共通点である進んで学び、勉強をする習慣は私も見習いたいと思いました。

お金 = 仕事。

どちらも誠実なところに、好んでやって来るのかもしれません。如何でしょう?時代の変わり目は厳しくもあり多くのチャンスや夢がありそうです。

あなたもアンテナを張ってみませんか?皆様の金運上昇をお祈りいたします。

長文をお読みいただきまして、ありがとうございます。 ♡香